カルロス・ルイス・サフォン 『風の影』 繊細、流麗な文体で完成されたミステリーロマンの傑作。

バルセロナ。ローマ時代より幾多の栄枯盛衰を繰り返したスペイン随一の工業・商業都市。19世紀末の経済、文化の隆盛、精神の昂揚、それはスペイン内戦(1936〜1939年)にあってつかの間の光芒に過ぎなかったのか。1945年、バルセロナは内戦の深い傷跡がそのままに人々は暗い影の中に息を潜めている。
10歳のダニエルは古書店を営む父から「忘れられた本の墓場」、それは広大な闇の教会堂のような図書館なのだが、そこでフリアン・カラックスの著作「風の影」を発見し、深く心を動かされる。カラックスは謎の人物でしかも彼の著作はこの世にこれ1冊しか存在しないのだという。ダニエルは取り付かれたようにカラックスの足跡を追い、内戦の暗黒を生きた何人もの人物と遭遇し、カラックスの悲劇に肉薄しつつ、恋をし、失意に暮れ、そしてまた新たな恋に身を焦がす。少年はやがてカラックスと相似形の自分を発見する。これは知的で感受性豊かな少年のドラマチックな成長の記録である。繊細、流麗な文体で完成されたミステリーロマンの傑作である。
また読者はスペイン内戦と戦後の恐怖政治によるバルセロナの衰亡と市民が受けた残酷な傷跡を知ることになる。著者はスペイン内乱を直接には説明をしないのだけれど、わたしは遠く離れた国のまだ新しい歴史の断面はまったく知らなかっただけにその複雑骨折的精神構造の歪みはとても刺激的だった。
富めるものと貧しいもの。王侯貴族ら伝統的地主階級と新興ブルジョワジー。資本家と労働者。王政と共和制。中央集権と地方主義。キリスト教と反キリスト教。軍部勢力とマルクス主義、ユダヤ人、フリーメーソン、アナキスト。自由恋愛と教会の伝統的規律。これらが当時同時にぶつかりあった。対立がもたらす陰謀と密告と暴力、そして報復の暴力。拷問とテロや闇の処刑の連鎖が人々を恐怖のどん底に陥れた。特にバルセロナは反中央的な民族意識の昂揚が市民、文化人、芸術家たちにあったため、内戦後の国家体制(フランコ体制)の権力に依拠した独裁によりその独自の精神文化は闇に閉ざされたのだろう。
著者はダニエルの遭遇する多様な人物の語りからこのように当時のスペイン人の心を縦横斜めに切り裂いた複雑な対立構図、まさにその悲劇なのだが、これを濃密に描いている。
フランコの率いる国民戦線のバルセロナ制圧は
とても筆につくすことはできません。戦争中に流されたのとおなじか、それ以上の血があの日々に流されたのです。でもそれは人目につかない場所での、秘密裏の出来事でした。
わたしはひさびさに心の深いところから揺り動かされる感動をおぼえた。それはこの悲惨な物語の終盤にあった。闇に閉ざされたバルセロナのそこで生きる市民の、再生と復活、再び輝き始めようとする強靭な精神を予感させる美しく忘れがたいエンディングが用意されている。
何人もの登場人物像がすばらしいのだが、なかでも少年ダニエルにとって人生の教師ともいえるフェルミンは著者自身の身代わりのようだ。彼は共和国政府側の元諜報員として心身ともに手ひどい傷をおった男、しかし、皮肉屋でユーモアがあって、楽天的でエッチでアナーキーな自由主義者なのだが、彼はつぶやく。
世界がこんなみじめなところでも見物するだけの価値があるのは………善良な心を持った人たちが いるからだよ。そうです、嫉妬、憎悪、不信、裏切り、暴力のなかで、人々の善意、友情、愛の絆のたくましさを高らかに歌い上げているのだ。
さらに読書好きの人にとっては、本を読む喜びついていくつかの至言というべき語りあってこれが見逃せないだろう。
本は鏡とおなじだよ。自分の心のなかにあるものは、本を読まなきゃ見えない。
なんていわれると背筋がぞくぞくするのはわたしだけではないだろう。
著者は本というものをおそらく人類の叡智の蓄積としてとらえているのだ。時の流れとともに忘れられた本が永遠に生きている「忘れられた本の墓場」がそれを象徴している。フェルミンの言う「善良な心を持った人たち」はみな、読書愛好家のようだった。
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