2002年3月1日 夢枕獏『神々の山嶺』の強烈なインパクト!
2005/03/13 15:54[下へ]




外へでた。思わず、声のでそうな景観の中に、いきなり深町の身はさらされた。地上ではなく、いきなり、宇宙のただなかへ放り出されたようであった。頭上には銀河がかぶさっている。雲は一つもない。おそろしいほど透明な空に夥しい数の星がきらめいていた。月もないのに雪や岩の細かいディテールまでがみてとれる。雪明りと、星灯りとで、ここまで視界を得ることができるのかと思った。

怪異・伝奇小説の雄、「陰陽師」がいまや彼の代表作となったかにみえるがこんなに強烈なインパクトを有する山岳小説も描ける人だったのかと改めて驚きをもった。1997年に発表された。

オリンピックが平和の祭典であるとするのは間違いだったようである。
「アルピニズム alpinism,近代登山は,山に登ること自体に限りないよろこびを見いだし,登山が肉体と精神に与えるものを汲みとり人生のうるおいとすることを目的とする」
このような教科書的健全なスピリットとは程遠い狂気のアルピニスト、クライマーのお話。

卒業して社会にでればいつまでも山に登っているんだという声が、周囲からおこる。山と仕事とどっちが大切なんだ。いいかげんに大人になれ。山にゆくなら、仕事をもって休みの日にゆけばいいではないか………と。そうではない。そうではない。仕事をして、金をもらって、休みの日に山へ行く。おれがやりたい山はそういう山ではなかった。おれがやりたいのはうまくいえないがとにかくそういう山ではないのだ。おれがやりたかったのは、ひりひりするような山だ
獣的、攻撃的、凶暴な精神の孤独な咆哮がそこにある。

「なぜ山に登るのか?」を真正面からとらえ、壮絶に、ある山男の生き様を描いた迫力満点の山岳小説である。私は登山らしきことは一切やったことがないから登攀にかかわる専門用語にはまったくついていけないのである。意味のわからない用語がふんだんに使われ、その解説はないのだがそれでも氷壁にしがみついた男たちの背筋がぞっとする恐怖や緊張感は充分に堪能できたのだからいくらかでも山をやる人であればこの小説は間違いなく興奮させてくれるはずである。

「お前なんのために生きているんだ」羽生はそういって井上を糾弾した。「山へ行くためじゃないのか。山へ行かないのなら死んだも同じだ。ここにいて、死んだように生きてるくらいなら、山へ行って雪崩で死んだほうがましだ
そして山岳界をドロップアウトした主人公羽生は前人未到の挑戦を続けていく。

そして、エヴェレストの、冬期における、南西壁無酸素単独登頂へ。
「どれだけの努力と才能があっても、それだけでは、実現が不可能である。それをなし遂げるにはその行為者が神に愛されなければならない。文字通りそれは、神の領域に入っていくことであり、神の意思に自らを委ねることになる」

山岳小説には井上靖「氷壁」があって、ミステリと銘打ったものでは松本清張「遭難」新田次郎「チンネの裁き」、森村誠一「密閉山脈」が記憶に残る。「神々の山嶺」はミステリーとは異質である。
さらに
「お前なんのために生きているのだ」
と自分に問い掛けるとこの物語は単なる特異な山男のお話でもなくなるのではないか。

オジサンの書評集「よっちゃんの書斎」>「ミステリーの部屋」をごらんください。





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